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4/30 ヤモさん健在

 この時期らしい爽やかで暖かな日射し。ユキノシタや苔が広がって、ちょっとした林の地面みたいになってきたベランダ。大きく伸びた木の葉がチラチラと影をつくったりして、外に居るみたいで和みます。そんなうららか陽気にうっとりしながら、なにか感じてふと部屋の隅に顔を向けたら、暗がりに居ました。ヤモさん! またいつのまに?どこから?いつから?と疑問は多々ですが、TV裏のコーナーにひっそりじっとしてる姿を見ると、まあ好きにやってくれ こっちも好きにやるから と思うのです。初めて遇ったときの珍客騒動から、今ではこの小さな部屋で共にする共存者のようなそんな面持ち。
ぷくぷくとして小さい容姿が可愛いので、一度ちゃんと写真を撮りたいのだけど、居る場所が埃っぽいデッドコーナーであるので、いまいちよろしくありません。今も壁にひっついたり、床にぺたっとしたり、微妙に体勢を変えながら、まだじっとしています。ヤモリって夜行性でしたかね。可愛いのでついつい見たくなっちゃうのだけど、寝てるならもう放っておこう。電気をつけるような時間になったら、そのうちどっかへいっちゃうでしょう。


 処分コーナーから買ってきたブルーベリーに花が咲きました。へえ、馬酔木みたいな花なんだな。枝ぶりがどうにもやんちゃなので、安くなってたみたい。花が咲いたなら、もう1本買ってきてみようかなあ。実がなるように。



4/29 ぐう

 晴れながら雨。ベランダからなにかがバサバサしている音が聞えるので、やや、カラスか?と思ったら、風に打たれる買い物ビニールでした。少し前に苗を買って、置いておいたのをすっかり忘れてた。土の準備をしておかなくちゃあ。種まかなくちゃあ。ああ。あれこれ考えると本当に目が回りそう。
昨晩というか朝方、布団までたどり着いたは良かったが、布団をめくって入る力はなく、たどり着いて倒れたそのままの姿で就寝。しばらく米も食べてないし、地団駄ふみたい気分だけどその体力さえもったいない。ぐうの音も出ないのに、お腹がぐう。はやくここから抜け出さないと、これは生活じゃないよ。


4/25 流れ

 また違う流れがいくつかやってきて、夏まで予定が次々と埋まる。引越し出来なかったなあ。当分は、流れに乗ってやってきた出費のことで頭がいっぱい。そういう運命なんすね。となれば、部屋の中の大きなモノを処分して、少し気分変えたい。うちの大きいテーブル欲しい人居るかしら。


大家さんに褒められた苺。株も増えたし、去年の苺(種)からも小さい芽が出てきた。肥料もなにもあげてないから味はわからないけど、あたしも自力で頑張るから、キミたちも自力で頑張りたまえ。オー。


マーガレットプレス夏号の付録だった種も花が咲きそう。葉っぱの感じからするとナデシコっぽいような感じ。なんだろ。
玄関外の葉っぱ軍団も大家さん公認(突然やってきてチョーびびった)というか、しっかりバレちゃったので、もうまた広げてじゃんじゃんやっちゃおーと。


4/22 ちちんぷいぷい





 雨。お腹が痛い夢をみて目が覚める。かくして覚めてもそのとおりなのであった。去年などは、痛くない日の方が珍しかったのだから、全くよく頑張ってたなあと思う。まあそんなこと思っても、今がどうかだから。
今日は夜までの長時間レッスンなので、途中で切れないように痛み止めを、あと少しだけ我慢。でも、さあ、顔を洗って仕度をしなくちゃあ。可愛い子らがドアを開けてやってくる。動け身体。


4/21 雨あがり

 晴れ。今日は一日家で仕事の予定だけどちょっと小奇麗な格好でもしようと思ったりする。なるほど、ほんとは外に出たいのだな。
昨日は友だちの家でごはん会。女ども(自分も含めて)ってのは、よくもほんとに喋る。午前中から集ってあっという間に日没であります。食べるのと喋るのにもう夢中なのね。トイレに行くのももどかしいくらい。でもどんなことでも夢中っていい。それでも「嗚呼、まだ喋りたりないぃ」と別れるのだから相当です。どうでもいい話を半日のあとには、真面目な話に半日 をしたくなるのだと思う。
帰宅してひと仕事、と思ったけれど、もう丸々オフにしてしまえと、本屋のはしごをして帰ってきて,
読みかけの本を読みきった。家で本を読む時間を自分に与えるのは、限りなく贅沢に近いのであります。
寝起きのガビガビ声で電話できたり、泣いて転がりこめるところがある(実際、泣いて転がり込んだりはしないだろうけど)ってのは、いいもんだ。相手がどう思うかは別として。

 鎌倉のついでに鶴岡八幡宮でお参り。大銀杏がなくなって、たしかにこんもり感が無くなってしまったけど、山からダイナミックに空気が通ってくるみたいにも見える。切り株からは、ぶわっと無数に緑の新芽が生えていた。見た瞬間に、神様だ・・・と鳥肌が立って、他の観光客に交じって写真を撮る気持ちにはなれんかった。緑色の蝶々っていうか、妖精がたくさんいるみたいだったなあ。生きてた。



4/16 そういえばヤモさんてどうしたんだろう

 晴れてきました。今日は遅くまで出掛けるので、雨があがってくれただけでも助かります。深夜に徒歩で20分近く歩いて帰ってくるのは、車通りのある道でも、できれば避けたいところ。プッチ号のライトが壊れっぱなしだったたので、今日こそ新しいライトを装備して出かけます。画材屋経由で海の近くまで。
ベランダのビオトープと呼んでいる放置気味の鉢にセリが生えてきました。根っこをいつか埋めたんだっけっかな。
 階下の道沿いには、ナガミヒナゲシが花を咲かせ始めました。アスファルトの隙間からびっしりぎっしり、ボウボウと、ちょっとしたナガミヒナゲシラインです。青々と葉が茂る様は綺麗なんだけど、これが、自分のベランダから飛ばしたであろう数粒の種の結果かと思うと、ちょっと心痛みます。この時期はあちこちでオレンジ色の花を目にしますね。いや、あちこちには撒いてませんからね。やや、階下にだって撒いたわけじゃあ無いんですよ、勝手に弾けたんす。そしてベランダでは絶滅しました。


今年は苺も元気。でも子株が勝手に大きなプランターに着土しちゃったから、野菜が植えられない。


おや!まさか...。いや、期待はすまい。忘れた事にしておこう。うちの植物はプレッシャーに弱いのだ。放置放置。でも気になる。



4/11 待ってたよ



 今年も草場の友らがやってきて、大きな山桜の木の下でお花見。見事に満開。ちゃんと待っててくれてありがとね。その周りに植樹されたソメイヨシノは、風に花びらをまき散らしている。ゆるやかに勝手気ままな草場の時間。
家に戻ってきて第2部。ごろんと寝たり、飲んだり食べたり。出したお皿が次々と空になってくのは爽快。テレビに感動して号泣してる友が横にいたり、気を抜いて寝ている人がいるような部屋ってのは、全く平和でやさしすぎてチクリと切なく。もう1本くらいビールを飲んでおけばよかったなあとクローゼットに顔を突っ込んで、じわっときた気持ちをやり過ごした。恋人だったら「帰らないで」っと、ちょっと困らせたいところだけど、そこは終電が危ない友らなので、はいよはいよと送り出し、パタンと閉めれば残ったのは空き缶の山。次のカンの収集日を逃してはいかん・・・。



 花と葉を同時にひろげた山桜。2本の木に見えるけれど、下で繋がってる。暑いくらいの日差しで木陰がちょうどいい。毎年、友らが登ったり腰掛けたりしてるのを眺めてきたので、この木はちょっと特別。自分も木登りをしたいんだけど、目の前で登ってみるのはちょっと照れくさいので離れた別の木に登ってみた。他にも好い木があるのですよ。ひとりの時はさすがに登れないから、これも一年に一度のこと。また来年かあ。先のことが見えなすぎて、来年がくるのかもわからない。たぶん振り返る頃にはあっという間なんだろうけれど、きっとみんな、ほんとうにたくさんのことを抱えて生きている。大人だからね。



4/9 Fa Fa Fa Fa Fa

 晴れ。固く結んでいたいちじくの新芽がほころび始めた。今年は実がなるといい。
2日ほど左手の小指の腹に刺さっていた細いトゲが、膿と一緒にようやく抜けて、それでなんだか体や頭の力も一緒になって、はぁっ と空気が抜けたみたいに、もぬけの殻。そしたら、何年も何年も思い出すことすらなかったotis redding のfa fa fa fa fa〜が、頭の中で柔らかく鳴り出して、ふぁーふぁふぁふぁふぁん。sad songなんだけどね。歌詞じゃなく音とニュアンスで覚えているから、私には全くsadではないのです。もぬけの殻にやさしい。
こんな曲を思い出すなんて、珍しいこともあるもんだなあと、you tubeで探して聴いてみたら思っていたよりずっとアップテンポでした。アルバムvar.はもっとスロウで柔らかかった気がする。ついでに懐かしのDog of the bayも聴いてたら、なんだなんだ途中のギターのリフがRCじゃん?まあ清志郎もオーティス好きだったから、ああまあそうだよね、と思うけれど、何度も聴いてた頃にはそんなこと気づきもしなくて、今になって気づくなんてね。物事には、時間や順序ってのがちゃんとあるんだなあ。


常緑樹だと思っていたら、この冬に葉っぱを全部落としたので、2年周期の落葉樹?と判明した木。
相変わらず名前もわからないけど、新緑は綺麗だし虫はつかないし、いいやつです。よく見れば、ところどころに花房が!花が咲く木だったんだー。嬉しいなあ。頼もしい。そうか、葉を落としたのは、花を咲かせる為だったのか。潔いよね。


まいまいが種を小豆島から持ってきてくれた"小豆島くん(仮)"。落葉して枯れたかと心配してたけど、葉っぱが出てきました。2年目の今年は枝分かれしそうです。これも何の木なのかわからない謎の木です。葉っぱがしっかりしてきたら植え替えしよう。ヤカンくんもさらにボウボウ。逃亡している場合じゃないね。

4/8 人のふり見てわがふり直せ じゃないけれど

 ひんやり。風が冷たい。レッスンの後、神宮前のSWPへ。レッスンは幼稚園だった子たちが小学生になって、小学生だった子が中学生になって、と この時期はなんだか自分も少しだけリスタート。
進学を機に、やめるんだろうなあと思っていた生徒も、やれるもんなら続けたいと言うので、そんじゃもう、ぱーっと見切りつけるとこは見切ってしまってジャズでも仕込んじゃうか?とふと思う。
 1年生になったHちゃんが「せんせい、まえよりしずかになったね」と言うので、「Hちゃんが、まえよりいい子になったからだよ」と応えたら「ぶーっ」っと噴出して、「ちがーう」と消しゴムのカスを散乱させていた。やめれ。ひそめた眉間を見て、すかさず「そのシワ、パグっぽ〜い」と言うんじゃないっ。「たしかにパグもアジア系だからね」って、オレ、小さいことで動揺するな。頑張れ。
でも確かに、こちらがなんやかや言わなくても、子どもはちゃんと自分で時期を経て、勝手に物事へ向きあう姿勢を習得するんだなあと、改めて思う。かなわない。まあ、ねこふんじゃったとお喋りと爆笑でレッスン時間の1/3以上が過ぎてしまうのは、変わらないし、ママの妊娠しやすい日情報とか、右から左へ受け流すしかないお喋りとか満載ですけど!

 SWP、TAMBOURIN GALLERYでは、まいまいのマーガレットプレス製作の話。マーガレットプレスは、近くに居ながらも距離を置いて見ていることで、作り手側の苦労もわかるし、お客として客観的に厳しく見ている自分もいる。そうやって様々に見れることは、自分の物作りの際の勉強にもなっていて、ありがたいなあと思う。地道に続けている仲間が居ることが、自分の力にもなるし、定期的に作り出される冊子を見ることは、自分も頑張らねばと、無言の鞭にもなる。よーし、あたしもいいもの作るわよっ と、一体なんど思ったことか忘れましたが、今宵もやっぱりこっそり思うのでありました。



4/4 逃避行

 薄曇り。とうとう携帯が駄目らしい。一応電池パックを取り寄せてもらうことにしたけれど、一日充電がもたない。今月は更新だ保険だなんだで出費が多いし、なんとか月末までもってくれるといいんだけど。そのうえ仕事とも趣味とも言えないことを、寝ても覚めてもとっぷり半月ぐらいやっていて、肝心の実入りの仕事に手付かず状態でいたら、自分が一体なんなんだかよくわからなくなって、愚痴っぽいなあと思っているうちに、漠然とした哀しさと虚しさがやってきた。漠然としながらも確実に哀しいし虚しいのだ。困るね。
なんとか体操だ草だなんだと、日々楽しくやってるじゃん と自分に言い聞かせてきたつもりだったのに、ああ、これはストレスなんだわ、ってことで、もう逃避します。レッスン日以外をほぼお篭りしたのは、軽く引きこもりってた時以来くらい久々だ。我ながらよく集中したなと思うけど、右手もおかしい。
あれやこれや私からの何かを待っている皆さま、ごめんなさい。現実に戻ってきたら楽しく仕事します。どっちにしろ、抱えてる状態でのんびりなんて出来ないのだわ。縫います描きます取り込みます。



3/31 うっとり待ち

 薄曇り。冬の間しばらく見てなかったカラスが電柱のてっぺんで鳴いてる。
誰にも訊かれてないけれど、最近のマイブームは『テレビ体操』。テレビの放送時間にはそうそう都合を合わせられないので、you tubeで数パターンピックアップしてヨシっと仕事前などに。体操のような踊りのようなへっぽこな具合だけど、3日も続けると少し覚えてリズムに動作が間に合うようになり「おお、うまいこと出来た」と調子にのってきます。狭い部屋のパソコン画面前なので、大胆に手を振ったりすると時々テーブルに手をぶつけて「あうっ」ともなりますが、どう考えてもこう踊る(体操だけど)自分の姿がダサくて変で可笑しい。でも振り切ってまっとうするとすっきりします。ひとりでこっそりと体を動かしたい人には最適かも。そもそも去年の今頃も、体を動かさねばと同じようなことをしていました。去年は春に友人の結婚式が続くこともあって、早急に体型をなんとかしたいと思って始めたので、ビリーとかをガシガシ無理無理な感じでやっていたらギックリ腰になったのでした。あほー。まあそれだけが原因ではないかもしれないけど、今年はそれもふまえて慎重に『テレビ体操』。いいの。
 昨日はプチ現実逃避に走り、自転車でぐるぐるしていたら、清流発見。クレソンが自生しています。つくしも草摘みを始めてから一番の健全なやつがいっぱい。でも「ここどこー?」状態です。迷子になりながら勘で左に左に戻っていったらちゃんといつもの草場前につきました。草場は人がたくさん(数人だけどね)居てびっくり。いつも会わなかったり知らないだけで、ほかにも"草場の友"が存在しているのかも?
桜はまだ頑張って待ってますよ。一番気に入っている大きな山桜の木に、もうすこし花を待ってくれるようお願いしてきました。去年のうっとりの図(ここ)を思い出すと涙が出そうにうっとりします。草場もこの時期 土日は人が居るかもしれないなあ。



3/29 未だはじまりのはじめのほう 

 なんだか寒いし眠い。太陽もふぁっと照ったり消えたり。小雨も降ったり。
急いで支度して午前中のうちに病院。今日は顔見せと薬だけなのですぐ終わる。次回はガン検診などもろもろの検査。まだ先のことだけどすでに憂鬱。嫌いなんだよー、あの検診。子供だったら泣いてダダこねたいくらい。嗚ー呼。忘れよう。
 病院で数ヶ月ぶりに体重計にものる。重くなっている実感はあったので、やばいとは思っていたけれど、思っていたよりやばい数字ではないですか。でも寒くてね、じっと体丸めてしまうんだよなあ。
待合室のTVでSHIHOさんのドキュメンタリーみたいなのやってて、「毎日(気になるところを)触っているだけでも、体って変わるんですよ」と言っていた。体に「触ってますよ」「ああこうなってるんだね」と知ってあげるんだって。その変化が実感できれば、ますます変わろうと思うんだろうね。毎日、プールに行きたい...行こうか...と思うも、行ったら帰ってきて寝ちゃうしなあ と、それ分かってたらなかなか行けない。だからといって、一日篭って何がどれだけ捗るかなんてわからないけれど、ただ座っているだけみたいな(成果が出ない)時間があるからこそ、その次の時間=成果に辿り着くわけで。でも座ってばかりで腰にきて。
あれもこれもフルコース。いっぱいいっぱい。コップみたいに、入らないものはジョロジョロこぼれて流れてしまえばいいのに、どっちかというと白菜とかキャベツみたいに幾重にも重なって着膨れてしまう。たぶん芯が一番時間をかけたい自分のことになるわけだ。花を咲かせたいのもそこ。

ベランダ等の外壁工事、31日までということだったけど、いまだ何も始まってもおらず。なんだよ。ひとりで慌てて騒いじゃったじゃないか。やらないなら種まきもしちゃうかね。


3/26 メジロ押しのメジロってメジロさんのこと?

 か細い鶯の声。白い鳥をたくさん宿した白木蓮。天気が回復してようやっとまわりも見れるようになる。まるまる1週間、ほぼお篭り。
 お篭り明けの昨日は、終始笑いながらのレッスン。子どもたちが春休みでパワーはあるしテンションも高いから、なんだか可笑しいことを言ったりやったり、いつもよりピアノも熱心によく弾くので、ついハイなまま過ごしてしまった。夜の為に少しセーブしようと思っていたのに、終わってからぐったりで、とほほ。
ことに4月から小学生になる子らの成長が目覚しくて、可愛くて楽しくて仕方ないのです。よーしあたしもモリモリやっちゃうよーってなね。
 でもやっぱり電車に乗り込んだら眠けが襲ってきて、嗚呼もうぼにょぼにょ。各駅停車で寝ていこうかと思ったけれど、限られた都内での時間を有効に使わねばと、頑張るあたしは快速とメトロに乗り換えてびゅーんと青山。ワタリウムでジョン・ルーリーを観た後、2回目のBiweekly poet。しっぽりと落ち着いた夜で終結。今日は午前からイレギュラーレッスン。朝からなんて信じられない・・・とまぶたボーンで行ったけれど、今日もなんだかたくさん喋って楽しかった。昨日会った人も子も、今日会った人も子も、自分にパワーやエネルギーをくれるあったかい人たちばかりで、全くありがたいことだ。このありがたさを、しんどい時のために忘れないようにちゃんと取っておかないと。


今度の獲物はこれ。
ごしごし塗ってるうちに夢中になる。というか、無になる。妙に荒い鼻息で我に返る感じ。だってごしごしですもの。
今もすっごい描きたいんだけど、同じくらいすっごい眠い。で、身動きとれない感じ。眠くて描きたくてヤダー。

3/22  晴天


開花。


日向でもぐもぐ。淡い色の季節。

 今日は父の誕生日。昔はずっと昨日だったのに、大人になってから「オレの誕生日は本当は今日だ!」みたいなことになって、毎年21日の前だったか後だったかわからなくなっちゃう。たぶん生まれた日と届けを出した日が違うってことなんだけど、それじゃほんとのほんとは昨日なのか? あれ、昔は3/18だったような気もしてきた...。まあ内輪のことなんでどうでもいいですね。メールを送ってみたけれど、たぶん見れてないんだろうな。見れても返事は打てないだろうけど。仕事が休みで畑仕事か庭弄りでもしてるはず。


3/20 ラッシュに夢中 

 今日も好い天気。昨日十分に草場を堪能したので、三連休は、さあお仕事です。と思ったら、母さんから「いつ帰ってくるのー」と電話。いやしばらくわからない・・・と言葉を濁したら、途端にあちらのトーンも落ちました・・・。「またボタンとリボンが出たんだよ〜」と言ってみても、盛り上がる様子無し。まあねえ。帰りたいのは山々なのだけど。実家は市町村合併で富士宮市になりました。ちいさな町なので、実家どこ?と訊かれると、知らないだろうし面倒くさいのでいつも「富士宮です」と応えていたけれど、町名が無くなってしまうのは寂しい。芝川という綺麗な川の流れる町でした。一年中冷たく澄んだ清流がいくつもあります。最近有機農法かなにか野菜で有名なビオファーム松木さんて人も、町の北のほう(富士山に近い方)の方です。実家は身延線が走る南のほう。でも色々書くと、小さい町のことで顔がわれちゃいそうです。まあ、もういいけど。
そんな実家と周辺のことを書いた『犬とブドウ』って文章があり、その中の3篇を『ボタンとリボン』にのせてもらってます。
『犬とブドウ』は5篇+1あるので、そのうちに残りを書きこぼしのページにでも載せてみます。ボタンとリボンには、いいとこ3篇を選んでくれたと思うので、そっちから是非読んでくださいませ。
 まあ町
名が無くなっても存在が消えるわけじゃないけど、こうして合併で地図や住所からなくなる地名って全国に沢山あるわけで、それが故郷のことだとなにか、今と記憶をつないでる確実なことの1本を失くしてしまうみたいでやっぱり残念です。



 でも、しょんぼりしてばかりもいられません。なにせ草場は新芽ラッシュ。桜も思ったよりつぼみが膨らんでいて、これにはちょっと焦りました。こんな天気が続くとどんどん咲いちゃうなあ。個人的には葉桜もいいもんですけどね。
そんなことを思いつつも、あとはもう地面に夢中ってな具合。夢中すぎてゴルフおやじが2〜3メートル脇まで歩いてくるまで、全く気づかなかった・・・不覚です。

もちくさ。よもぎですね。丁度好い頃合。もちろん摘んできました。おやつに草団子でもしましょう。


あざみの新芽。アザミは自分の持病に薬効があるので、この時期いつも枯れ草の中のこいつを探しています。まあ、効くとか効かないとかは別として、シャキシャキした食感もいいし、ほんとに短い時期のものなので。目立つサイズになってくると、とげがすごくて素手では摘めなくなってしまいます。


花柄みたいなオオバコたち。人に踏まれるところに育つので、あっというまにボロボロになります。でも踏まれたいんだよね。オオバコは筋っぽいので他に摘むものがある時はあんまり摘みません。雨の頃に葉が大きくなったら綺麗なのを。でも天ぷらにすると紙食べてるみたいになっちゃうんだよね。今年はお茶にしてみようかなあ。


これは、三つ葉に似てるけどたしか食べれないやつ。名前は覚えてません・・・。食べれないやつは名前を覚えないようにしています。岡本信人さんも「知らない野草は絶対に食べないで下さい」って言ってるしね。私も草に関して、人にレクチャーしたりしません。訊かれたことには知っている範囲で応えるけど、草は自分の知識で楽しんで。


収穫。ちょっと欲張っちゃった。


その2。欲張ると処理が大変だとわかっているんだけど、もうねシーズンインて1度は舞い上がっちゃうのよ。

全部きれいにして下処理、調理をし終えたら日が沈んじゃいました。

しばらくは、のびる味噌2種とスーパーで買ったフキで作ったフキ味噌でご飯はエンドレスです。



3/19 春リズム 変拍子

 光が早く届くようになったせいか、少しだけ起きる時間が早くなってきた。だからといって よしこの調子!とはならず、まあ起きれる時は起きればいいと思う。まだ俄然夜型体質。やれる時はやる。やる時にやる。
それでもご飯を食べて洗濯を干して着替えて、事務的なメール返信と簡単な仕事を済ませてまだ10時過ぎって、すごい・・・。こういう生活に出来ればいいのに、と心底思う。思うならもう少し意志を強く持つべきなんだけど、でももう眠いのね。というか、最高に今眠くなってしまっています。
ぼーっとしてしまわないうちに、図書館経由で草摘みに行ってきます。天気は好いしルンルルン。(←目を覚まそうと必死) 緑を食べたい時って元気が欲しい時なんだって。とくに元気が無いわけじゃないけど、耐久力をつける為に今日はグリーンチャージです。なんだってこういつまでたってもエンドレスなのか。連休に静岡に帰るのも断念。妹よ、父さんの誕生日を祝っておいておくれ。まあ、すぐに母さんの誕生日があるので、今年こそは庭の桜が満開の時に帰るわさ。なんたって庭の八重桜は私の誕生記念の木なんでね。縦横無尽に大きく育って、ぶわっと花を咲かせてわさわさ散って、しばらく掃き掃除する母さんの手を煩わせます。本人と同じように、いつまでもそんなん煩わせてね。いつまで経っても子供ですからね。
マーガレットプレスの読書会の話じゃないけど、こんなんちょこっと考えて妄想プラスすれば、涙も鼻水もボウボウ出ちゃうってもんですよ。ねえまいまい。まあ私なんかは実際帰って2日も一緒に居れば、「風呂くらい自分のタイミングで入るよっ!」と、うざったくなっちゃうけど、帰りに東海道線から小田急に乗り換える頃には、あーまた帰りたいなあと思ったりするわけです。変なもんですよ。まっとうな暮らしじゃないからですかね。せめてまとまったお金をポーンとあげられるくらいになりたいです。口では「お金より顔見せるほうがいいでしょ」とか言ったりしますけれど。ま、親は親でどっちかというと私なんかよりずっとドライで忙しくやってるので、ありがたいことです。


 安いのと地場モノだったので買ったセレベス。京芋とか八つ頭みたいな感じかな。今日は揚げだしにしておろしたっぷりで食べるつもり。明日はマッシュしてコロッケにしてみよう。いももちもいいか。食べることを考えるのは楽しい。眠気は消えないけど、3日やそこらじゃ自分のリズムにはならないのでしょう。おひさま浴びて1拍ずつずらしていきますかね。すでにお腹も減ってしまいました・・・早っ;
早起きすると食べる回数が増えそうです...



3/17 種まきがしたいんだけど

 あったかくなって弛むと、ふいに懐にすぃと何かが入りこんできて、魂の一部のような気の腑をひゅうと掴んで持ってかれ途端に心許無くなる。春先はそんなことのくり返し。そんな腑があちこちを漂って、小さな花の生気になってるんだな。と、道端に増えた小さい花を見ながら思う。駅まで出たついでに、時間も早いしどこかへ行こうかと思ったけれど、上りか下りかと迷って下りに乗った。お洒落も中途半端だし、と、気弱な感じ。駅2つ3つじゃ、上りも下りも街も人も大して変わらないのに、下りってのにほっとするのは何だろうか。
 外壁やベランダの作業がまだ全く始まらない。部屋に入れた鉢をまた全部外に出しちゃった。知らーん。ウォーキングでも始めてみようか、とその気もないことを思いつく。お腹周りがね。歌いながらプールで歩くってのが早いかな。


若葉がいっぱい。

3年前は、ただの枝↓だったよ。

春先、とは言うけれど、夏先とは言わないね。初春とも違う。なんとも曖昧な感じだ。


3/14 マーガレットのタンバリン まわってまわして

 瞼をパチパチっとしているうちに過ぎ去っ
たような1週間。寝不足とパワー不足でお天道さまの下に出ることも無くおとなしくデスクワーク。眠いのです。
 昨日は、出張レッスン後に駆けつけ牛蒡ごはん2杯で『マーガレットプレス読書会』。私は会話に加われるほど本を読んでいないため、熱心な話を半分に聞きながら、のんびり庭を眺めておりました。



詳しくは >>マーガレットプレスサイトでね。フライングして出しちゃってすみませんー。



3/11 晴天

 隣人が窓を開け放したまま「おはよう!」っと彼氏に可愛く呼びかけております。「いっただっきまーす」とうきうきした声がきこえます。天気がいいと人というのは、そうなるものなのですな。私は天気がいいと寝巻きから服へ着替えるのが早いです。ぐずった天気の時はいつまでもいつまでも着て過ごしているのに、ピカーと光が満ちていると、こんなものもう脱いでしまえーとなるから不思議です。うちもベランダ全開にして光を部屋に呼んで、大きな鉢植えに日光浴。植物たちはぎりぎりまで外に置いておこうと思っているのだけど、一番大きく育っているレモンユーカリだけ中へ入れてみたら、すっかりと自分の背丈を越えていました。どれもこれもずいぶん大きくなっている。ここらが整理時のようです。冬のうちに葉っぱを落としたアボカド1号(冬はいつもタンソ病になってしまうので葉を取っている)は、葉が茂る前にとサヨナラしました。思えば色々なこと、繋がり、たくさんの楽しみがこのアボカドたちから生まれました。ありがとう1号!ついでに勢いの悪い8号かその辺りもサヨナラ。でもまだまだいく鉢もあります。強いですアボ。
 今日はレッスンの前と後に用事を1つずつして、その後 Biweekly poet。新しいお店がどんななのか楽しみ。


早くもつぼみが。白い花が咲くと思うのですよ。



3/9 23:55 どこかで沈丁花の香る藤沢駅上りホームでの考察

  雨が雪に変わったところ。タイトルに大きな意味はありません。時々思いついた言葉を、いつか何か書く時のイメージにとメモのように残している。ここ最近のそれらが、数ヶ月かけて読み続けていた小説の影響を、微妙に受けた言い回しになってて、大してどうってことないことを偉そうに言う というおかしなものがたくさん。
 玄関ポストをふと見たら、いつから入っていたのか白い紙が一枚。金曜日から建物の外壁、通路、ベランダの塗りなおしをするので、出ているものを全部片付けよ という内容のプリント。しゃあ。このたくさんの鉢とプランターを部屋に入れるってか・・・。オーマイゴッド。ただでさえ、一体今日は何の仕事をどこからやればいいんだろう...と頭が真っ白になっていたところなのに、もう頭が回りません。でも手をつけずに他人に捨てられてしまうのも癪です。ここに引っ越してきてすぐの時にも、こんなことがあって、その時は油断していくつか鉢を出しっぱなしにしていたら、帰宅後には跡形も無く消え去っていたのでした。その時は2つ3つの空き鉢だったのだけど、そのくらいどこかに除けてくれたっていいのに、と納得できなかったのを覚えてます。まあ、今だったら逆に要らないものを出しといて、処分して欲しい気もしますが。でも育てたものは自分で捨てるならまだしも、人に捨てられるってのは、やはり癪です。なんとか部屋に避難させねば。
とはいえベランダに顔を出して眺めて呆然。さらにこんな時に雪ですよ。かじかむ手で、仕方なく拾ったようなガラクタ(でも貴重なガラクタなんですよ!自分的には..)をゴミ袋に入れて、小さな鉢は一箇所にまとめて、もう1回隅から隅を眺め、さぶすぎる・・・とパタンと扉を閉める。思い直してもう1回開けて、いい具合に育ってきた菜っ葉をどんどん食べてしまおうと収穫。せめて晴れてくれないと。そしてどこかに部屋の中にスペースを作らなければ・・・。うちは狭いし、紙物や布が多いので、部屋に植物を入れるのはあまり好きではありません。よって玄関やお風呂場がジャングルになるだろうけど、2週間も家に入れっぱなしなんて、ようやく出てきた新芽たちが心配。よりによって今かよっ。


お腹の中に片付けます。


草場で拾ってきた枝その2。ふっくらと開いてきた。なんの木だろうなあ。

ベランダでは、葉っぱが落ちて枯れちゃったかと思ってた"小豆島くん"やイチジクからも新芽の兆し。だから困るんだよ、今ってのはさ。もー。
 

3/3 頭の中のイメージがそのまま紙に焼きついたらいいなあ

 そしたら結構イケちゃうと思うんだけど。そしたらの話だけどね。しかしどうもお腹が痛くてふるわない。毎度のことかと思うも、自分のお腹だから責めようにも怒ろうにもまったくもうどうしようもない。いつも最後には分かった分かったとなだめてみるしかないのだ。ほんとにね、もう分かったよ。薬が効いたらスーパーに行くのだよ。お雛さんは無いけどちらし寿司でもつくろう。美味しい物を入れてあげるからと、また腹をさする。傍から見れば子でもいるみたいだろうね。


 急須。意外とたっぷり1日分入る。今朝気づいたけれど、近づくとなんか古いというか仕舞ってあったニオイがする...。たしかに大正時代の、と書いてあったような気がするけど。新しい物でも古い物でも自分にフィットする物ならいいのです。古いようでモダンな模様と草色がこの部屋に合うのです。



楽譜フリマ中
 使用しなくなった曲集など大放出してます。 欲しい方、ご連絡下さい。面識のある人は物々交換でもいいです。



3/1 記憶の香りと都会歩き



 用事があって都内へ。そこまで行くなら、と、1つ2つ駅を乗り越してスーヴェニールフロムトーキョーへ。乃木坂の駅の構内から、美術館への地下通路に足を入れた途端に、かすかだけど確かに感じる香り。記憶の中に連れこまれそうな、心揺さぶられるあの沈丁花の匂いが確かにするのだ。まさかね、どこに?と壁に囲まれた空間を進み、エスカレータを3つほど上って地上に出て、ガラス張りの窓の外を探す。花は無い。アロマの空気でも流してるのかな?と首をひねりながら進んでったらありました。敷地脇の一角に沈丁花がびっしり。ほらー、やっぱね!嬉しいので背すじ伸ばして颯爽と(自分的に)歩きます。この美術館の中はほんと開放感があって洗練されてて気持ちいい。そこに居る自分が素敵な人に思えます・・・
企画展はルノワール。でもルノワールは前にどっかで観たから今日は入らず、館内を1周ぷらんぷらんしてから地下のSFTへ。ここはラインナップが様々だし、変な雑貨屋よりずっと楽しい。変な雑貨屋てのも、まあ行かないけど。
 ぐるぐる見て回って、どうしても気になって仕方ない急須をお買い上げ。北欧への輸出用に作られたらしいデッドストックものみたいだけどお手頃価格。急須を買ったなら、やはりお茶を買わねば、と表参道ヒルズに移動してお気に入りの番茶も購入。ケチらずお金もたまには使わないとね。って言っても、急須とお茶で3千円と半分?だけど。いいのいいの。
しかしSFTや表参道ヒルズに限らず、やっぱり都会は洗練されてて、常に目がかけられていてすごいなあと思う。街は身近にもあるけど、都心はなんか違う。ただキラキラさせてるだけじゃないもの。必要とか必要じゃないとかでなく、やっぱり時々出てきて、新しいモノを見ておかないと駄目だなあと思ったのでありました。そしてちょっと小奇麗にして、多少のお小遣いを持って歩くっていう、ゆとりみたいなのが大事なんだとおもう。私の小遣いレベルは低いですけどね。自分なりのでいいんですよ。


ほうじ茶でも、あまり独特の香りが残るようなのは少し苦手です。これはいぶった香りも渋みも丁度いいし、飲みやすくて好き。ちょっとした手土産にも重宝してます。レジで「袋いいです」と言おうとして言葉をのむ。ここは晒しの袋に入れてくれるんでした。ありがたく頂戴します。



2/27 針仕事

 ちまちまと針仕事。あっという間に夜。あっという間に2、3日...。時間がかかっても、やればやるほど形になっていくから面白い。同じ物が出来ないから飽きないし、ってことは、まあこういうこと好きなんだろうなと思う。そしてなんとラブリーなモノが出来上がることよ。


ごろーん。ちゃんとパンツ穿いてますよ。眺めてデレデレしてないで、たくさん作らねばです。


草場に伐採されて積んであった木の枝。少し持って帰ってきて水に挿しておいたら葉っぱが開いてきました。何の木かなあ。葉の裏にぶつぶつとドット模様があります。こんなに葉っぱが出るんだったら、もっと拾ってくれば良かったな。



2/24 草食

 流行りの草食系。ではもちろんなく、むしろ『肉食的な目で草場を物色して摘んできた草を食べるの巻』という意味合い。いえ、まあいいんです。そんな気合入れて申すことでもなく。
 今日は鎌倉からわざわざ友達が来てくれるというので、昨日はいそいそ草場へ。こんな所に遊びに来てくれるなら、せめて草でも振舞わねば! という何かちょっと間違っているような居ないような思い込み。なんて、人を言い訳にしてはいけませんね。急にあったかくなって、そこの道端あちらの線路端に若い草が茂っているのを見ちゃったら、もう草場の具合が気になって気が気じゃない。町の中よりも草場の方が草のスタートは遅いのですが、もし生えてしまっていたら、、、と思うと、そして実際生えていたら悔しい...のです。なんとなく。だって。
ま、気になるなら行っとかないとね。特に冬を越え春を待っての、この時期だからこそ、ちょっとムキになって一番に初モノ発見!したいのです。競う相手は誰一人居ないんですがね。しかしその年のそれぞれの草の初物を見つける ってのは、毎度のことでも嬉しいのです。なにせ、いつどんな状態にされても何も言えない草場ですから、好きな草が今年もお目見えしていたならそれだけで、全くありがたいっのであります。よーし先に言っておこう。今年もごちそうさまー。


 七草摘み以来の草場、まだエリアAには冬の気配が広がっています。(緑の気配が無いのは、桜の季節を前に、地面一面が少し掘り起こされて、木のチップを混ぜた柔らかい土が撒かれた為。でもこの作業のおかげで柔らかい土の下から伸びてくるタンポポは地面に埋もれている部分が多いので柔らかい。根も掘りやすくてナイス。)冬前に何本か植樹されていた桜も大きくなって、花の季節が楽しみです。桜を植えるくらいなのだから、草場も すぐには無くならないのでしょうね。ひと安心です。あとは変に整備された綺麗な公園にならないように願うばかりです。



 今時期〜数週間が生食のベストと思われるタネツケバナ、タンポポが、枯れ草の合間に小さく初々しいロゼットを広げています。自称タンポポ中毒の私は、苦味やえぐみこそ癖になってしまってるので、葉がごわごわになるまでは頂きます。ここでもしつこく何度も書いていますが、タンポポ、西洋ではごく普通にハーブですから。なんら珍しいことはございません。
 他にも、セリポイント〜草場Bをチェックして、7〜8種くらいの草を摘んで帰宅。芝桜同好会が休んでいたBに結構楽しい草が芽を出していて、もうね、草場に通い始めて何年目でしょうか、やっと散歩している人が見てても、しゃがんでじっと観察できるようになりました。でも、何採ってるの?って訊かれたら、まだ「うさぎのエサに...」って言おう言おうって思ってますけれども。幸い訊かれたことも無く。
これから夏の盛りまでは、そんな小さな嘘をポケットに入れて、いそいそと自転車に乗って出かける日が多くなりそうです。
 本日の草御膳は、のびるのぐるぐる、タンポポとタネツケバナのサラダ、他のは天ぷらとか汁の実で。うちに来る友たちは、みんな草を美味しくもりもり食べてくれます。友や私が特別ではなく、たぶん草が普通に美味しいんだと思うけど、美味しいと言われると照れて嬉しくてヘラヘラしてしまいます。ただ下処理などが面倒ですけど、それは釣りたての魚を自分で捌いて食べるのも同じですね。今日はお昼に合わせたので昨日のうちに収穫しましたが、草食の基本、その日の草はその日のうちに。


鎌倉からきたドイツのねずみくん。上目遣いで並んでますが、美味しくいただきました。良い素材の味。

あと1ヶ月もするとラインナップは↓こんなんなりますよ!祭りです。




2/23 ありがとうございました

 晴れ。『緑のバッハ』の会期が終了。搬入後はknutさんにお任せっきりだったので、やっているという実感というより、お願いしてあるという安心感に寄りかかった展示になりました。関西に行ったのもずっと前のことのよう。季節も変わり出して、これから葉が茂り、蝉がわんわんと鳴り響く夏の終わりまでが、本当の緑のバッハの世界。外に出るのが楽しい季節。
さて、今回はどんな方が観て下さったのか、knutの皆さんには長くお世話になり感謝です。今回は空間も内装も拝見できたので、今度はそれをふまえてまた違った作品でご一緒できたら嬉しいです。ありがとうございました。写真を撮ったのが深夜の搬入時で、あまりちゃんとしたのが撮れてなく、皆さんにお見せできなく残念。少し作品を増やして、またどこかで『緑のバッハvar.2』が出来たらと思っています。


2/21 転ばぬ先の杖捨てる

心配も不安も、無い所から作り出せばキリがない。5年先10年先になったら、なんて考えたらそりゃ怖くてわからないけど、今なら失敗してもまだ立ち直れると思う。
杖を持ちすぎて自分を柵の中に入れないように。大きく息を吸って吐いて、握った杖とその先の心配を手放す。空いた手でいつでもなにか素敵なものを掴めるように。さあ深呼吸。




2/18 うっすら積もる

 ゴミ出しで玄関を開けたら、白い景色が。なんとなくわかっていたけれど面食らった。前回積もった時は、関西に居たのでこの冬の初雪景色。足元すべらないように大きなゴミ袋を2回に分けてそろりそろりと出しに行く。今週はクローゼットとロフトから潔くバッサバッサと不用品を捻出した為、部屋の中にまだまとめたゴミ袋がいくつも。出して広げてみれば、全くこれだけの物がよくもきれいに仕舞いこんであったものだ、とうんざりした。衣替えごとに整理しているつもりの洋服も、シーズン中のローテーションに出てこなかったモノは、もう「ええい!」と処分することにしたら、リサイクル屋さんに一度では持っていけないほど山積みになった。それでもまだ着るものがあるのだから、信じられない。もっと軽くなったら、この部屋にもう少し居てもいいかと思えるんだろうか。
 とにかく今度は出してしまった不用品をひと固まりごとに、外へ出していかねば。本も大量に積み上げた。特に楽譜の数の多いこと。捨てれないのに使わない。これが自分に圧し掛かっていたモヤモヤの原因なのかもしれない。
手始めに本は20冊ほどブックオフへ。本ほど人によって価値の違うものは無いね。全くの2束3文さに、わかっていてもがっかり。まあ誰かが立ち読みだけでもしてくれればそれでいいだろう。楽譜は100冊以上はあるので一覧にして欲しい人に譲れたらいいなと思う。

 今日のレッスンは休校でお休みになったけれど、先週が祝日で休みだったこともあるし、そんじゃあと、出張レッスンに周ることにした。まあ半分は家庭訪問みたいなお喋りになりそうだけど、どんな環境で練習しているのか見ておくのもいいかなと。特に電子ピアノでの練習の場合は、自分で鍵盤を実際に触って把握しといてみないことには、安易に注意できないように思う。子供たちの「家ではうまく弾けたのにー」の言い訳の裏にはやっぱりそれなりに理由があるのだ。
しかし大人になると、何をどう言おうと言い訳は言い訳になってしまうなあ。というか、言い訳さえ言えずにうなだれる。そんな駄目人間だからこそ、気づける自分もあるのさ。と思いたい。
 足指たちが、またもや しもやけでパンパンと丸く腫れて、熱を発しています。温まっているとはちょっと違いますが、ぼわーっと暖かい・・・。良いことなのか?



2/17 白い気配

 曇り。寒くて布団からなかなか出られない。うつらうつらと見ていた夢は、発表会のリハーサルで、講師らが一同に集っているところ。若干一名全く関係の無い友人も登場。最初は街の中のホールのステージ上の設定だったが、いつのまにか だだっ広い枯れ野原の真ん中に居た。しかもなぜか講師のみが全員で踊ってる変な夢。まあ、レッスン日に近くなると、生徒が出てきたり、レッスンの夢を見ることが多い。今朝もそんなかあ、と思っていたら、枕元の携帯が光って一通のメール。学園関係者の訃報。夢との繋がり具合に驚く。音楽部門とは直接関係のあった方では無かったが、少し前に変わらぬお顔を拝見していたばかりだった。心よりお悔やみ申しあげます。
明日のレッスンはお休み。今日は光りが出ることも無さそう。くもりガラスごしの外は白く見える。ひっそり静かだ。


2/14 距離

 曇りときどき日射し。電線にとまったムクドリのお喋り。冬前にこぼれ種から育った金魚草の先にわずかに蕾らしきふくらみ。ふっくら咲く頃には、こちらの着膨れも軽くなっているはず。
 昨日は、受験でしばらくお休みしていた生徒のところへ出張レッスン。ハードな中学受験を終えて、本人達も家族の皆さんもほっとしているよう。なにはともあれ、また元気な顔を見れて嬉しくて、私もたくさんお喋りして張り切りました。が、合間ふと「○○くん、おつかれさま、おめでとう!」と声かけた生徒の顔に、見慣れぬもの発見...!
「うんっ」とにこやかな口元に、ヒ、ヒゲが・・・。 え!? えええー!ヒ、ヒゲが・・・。
衝撃で一瞬クラっとしたあと、嗚呼、ついに・・・、そういう時期になったのね。という、ショックとも感慨とも何ともいえない感情がぐーるぐる。男の子はくるのよね。こういう時が。声変わりしたり、匂いが変わったり、色々と。過去にも幾度と無くあったこととはいえ、ふいにやってくるその瞬間に、毎度くらみます。
ああ、この子にもとうとう"男"の部分が、と思うと、肘がくっつくくらいのいつもの距離が、近い・・・?と思えてしまうのはナンでしょう。ああ。先生は複雑です。いつまでも子供で居て欲しいような、成長が嬉しいような。そういう変化に、本人もちょっと戸惑って恥らっているような、そんなお年頃。
まあでも、彼とはオムツ時代からの付き合いですし、慣れちゃえば、ヒゲなんて可愛いヤツって感じです。(小さい頃からの付き合いだからこそ衝撃があるのですがね) でも子供の2ヶ月って大きいのだなあ。親離れ子離れは、まだまだ先だろうけど、ヒゲは、もう 少しだけ距離をとってみても大丈夫なんだよ、という、子供の中の大人部分からのメッセージなのかも。
 一家に交じってオリンピックの開会式の最後を観て、雪がボウボウと降る中、一緒にレッスンが出来る間は、楽しい曲をモリモリ弾かせよう〜と楽譜を調達して帰宅。次2週間後に会うんですけど、極端に伸びてたりしませんように・・・。
 さて、洗濯干したら顔を洗って仕事開始。うまく捗ったら明日こそ休日にしたいところ。


これは少し前に撮ったムクドリさんたち。天気が好いと時々 目の前の電線や近所のアンテナにやってきます。前の家の庭のキンカンを狙ってるのかな。



2/12 サヨウナラ ホットなカーペットよ

 ちょっと胃の具合が回復してきたところへ、ついうっかりコロッケを食べてしまったら、またなんだか。うーむ、油断したか。でもお肉屋さんの前を通りかかったときに、ちょうど揚げたてコロッケを山盛りにしたバットを持ったおばちゃんが出てきたら、「お、ラッキー!1つ お・や・つ・に♪」と買ってしまうのは私だけではないはずで。このどんより、天気と一緒に良くならないかなあ。
 ついでどういうわけか、今日になったらホットカーペットの残り半分も機能不能になっていて、さらにど〜ん。このあいだの半分の時のような、ラップ音みたいなのは無く、静かに逝っておりました。なぜだ?しらーん。昨日は使えてたのになあ。床に座っての針仕事を始めたばかりだというのに・・・。床が暖かいというのは、他の暖房が無くても、結構それだけでしのげて助かっていたので困ったものです。でも仕方無し、粗大ゴミ頼むか。ま、とりあえず今日のところは、さっさとお布団入って温まっちゃえってことかしら。明日は朝からレッスンだし、起きれる自信は80%無いし、よしほんと寝ちゃおう。


2/10 梅湯

 曇り空。昨日の暖かさにはびっくり。風も強かったし春一番だったのかな。今日はまた少し寒さも戻ったけれど、これで一度お湿りがきて再度晴れ上がったら、確実に草場にも何らかの動きが出るだろうと睨んでおります。ふふん。しばらく家仕事が続くし、今日明日あたりに雨が降ればなあ、と自己中心的に期待。しかし、そんなたくらみとは裏腹に、ここ数日体調が優れず。胃がなんかどうも。加えて何故か背中も痛く、ちょうど表と後ろが同じような位置だと、もしや変な病が居るんじゃないかとかちょっと疑ってしまったりもするもんです。市から健康診断の案内も来ていたし、今年は受けておくかなあ。
 そんなわけで、食欲もあまりないのでプチ断食。起きて白湯に梅干を入れたのを飲んでから、白湯のみで過ごしています。この梅湯、実家の小梅の梅干を1つ入れて、ちょっと潰して飲むのですが、ほどよくしょっぱくて美味しいので最近気に入っています。でもお腹がうるさくなってきました。申告書も出来たし、夜はお粥でも炊いて食べよう。背中は運動不足かなー。半年ほど休館していたプールもそろそろ再開したころだし、また泳ぎに行かなくちゃ。