4/20  陽がとどいて花はじけて



 数日間、強い雨や風が吹き荒れて、また新しい空気が満ちる。部屋から見えるすべてが緑で、なんでここに居るんだろうな、と今さらまだ不思議に思う。陽が伸びてあたたかく心地好さしかない窓辺に座るしあわせったら。

 冬からなのか秋からなのかじりじりと続いていたイベントごとも、隙き間があればしてきたアトリエの体力仕事も、ようやくひと段落した今週は隙あらば庭に降り、草の様子をじっと眺めたり草むしりをしたり気の向くまま摘んだり食べたり。
庭草もどんどんと伸び、木々の葉も芽吹き一面の緑。ようやくと思えば、強く成長も早い夏草がもうあちこちに出ている。その勢いやほんとに速い。自然に生え ている草をあまり一掃してしまったりするのは好みではないけれど、夏草の勢いの陰になって育ちきれない草をすこし残して好みの草むら(庭ともいう)にすべ く、下草の育つ光の入る場所をつくる。草にも誰にも悟られないくらいのことを、毎日ちょっとずつ、ちょっとずつ。


 庭に居る自由であり蜜であり繊細で緻密な、このなんでもない時間。これだけで十分に満足できる性質でよかった。ことばも音も、理由も意味もいらない。しなくていい。すべてが感じるものの中にあるから。
さああと1ヶ月もすれば、おいしい葉っぱは虫食いだらけになるだろうし、またあのいつもどこかが湿っているような水っぽい季節になるのかと思うと、今の貴 重な一瞬を存分に過ごすのは大事かも! と、もっともらしく言って庭にまた降りる。ちいさな畑の緑も、そこらの草もモリモリといただいて、ときどき遠くに 想いを馳せたり、会いたい人のことを考えたり、うっかりしたりもしますけれど、
おかげさまで私は元気にしております。

すこーしずつアトリエの方でも作業がはじめられそうです。来月にはお知らせできるかな。





4/12 桜は満開 たっぷりと春降り注ぐ



 淡い緑や桃色に色づいた山が美しくて、歩きながらうっとりする。大雨があがって気温があがり、桜は満開を過ぎたっぷりと花をたたえ、春降り注ぐ。またこの美しい季節に、あのおじさんのことをたくさん
の人が想う日。お元気ですか。
永井さんが居なくなってから6年、いろんな巡りあわせがあって、まるで予想もできなかったことが次々と何食わぬ顔でやってきて、もうなんかすごいねとしか言葉が出ない。
“すごい“ってなんだ?って感じだけど。“すごい" の 意味ってなんだっけ… すごいはすごい か。

 わたしたちは特別ってのが好きで、とかく繋がりだとか偶然だとか必然だとか、いちいちさもありげに言うけれど、いや偶然でも必然でもなく、自然なんじゃないのかな、って。
これが。こうなることが、こうなったことは自然なことなんだよって、ここのところ思う。別に物事をすぐに特別になんかしなくていいのだよ。だって特別じゃないことなんて、あんまりないような気がしているから。

へー、ふーん、わーと能天気に面白がってたら、気づけばまわりに愉快な人がいっぱいで、日常のちいさい愉快に気づけるようになったから、ますます愉快でこんなことになっちゃってるよ。
みんながそれぞれ日々を見つめるやさしい眼差しと大切な想いをもっているから、こういうことになるんだね。



4/4 清明



 うららかに、淡く春色。山肌に桜が咲きはじめた。放ったらかしの隣の庭ではショッカサイ(紫大根)の花が咲き乱れて、その上を紋白蝶が2匹戯れ舞ってい る。ようやくようやくほんとうにこれで暖かくなるのだろうか。あちこちの窓を開け放して、ひさしぶりに机に向かい窓の外を眺めながらこうして日を綴ってい る。心配してもしなくても日々は過ぎていって、あたらしいことがやってくる。やりたいこともすこしずつ変わるし、食べたいものも変わるし、気になる色も行 きたいところもも、陽のあたり方が変われば家の中の好きな場所も変わる。循環のなかにいる。日々あたらしくて、自分の中でもなにかが死んでなにかあたらし いものがうまれてる。

 毎日食卓にあがる 畑の葉っぱ、庭の、海辺の、道端の おいしい草たち。うつくしくて生命力にあふれていて、取り入れたいと(ああ食べたいと)身体が欲している。食いしん坊なだけ? 日頃の不摂生はたくさん。浄化の季節だ。




3/26 白木蓮は満開 



 冷たい雨の日。満開になった白木蓮の花びらがおしむことなくどんどん散る。庭中に白い小舟が浮いているみたい。
桜の開花宣言は出たものの、寒い日が続いていっこうに気持ちがふくらむことはなく。今日の冷え込みは、花冷えにしてもこの寒さはないんじゃない?と 心底からふるえて過ごす。変わらず慌ただしい毎日。何もしない日、と決めないとそういう日はやってこないのだろう。何もしないなんてことは無いけれど、人 との約束をつくらない日。
ちゃんと休めてだっているはずなのに、追い込まれていることばかりに焦点があたって、タスクをこなすことよりも気持ちに折り合いや納得をつけることがヘタクソなんだろう。毎日が異なる行動パターンでルーティンが無いのもかえってメリハリがつかないのかも。
それなら1週間ほどタイムテーブルをつくってそれ通りにきっちりやってみようか。
 ずっと体を縮めて居たから、首も背中もかちこち。お風呂に首まで浸かって目を閉じて口を開けてぼわ〜としたい。来週は仕事帰りにどこかでお風呂いこ。桜も体もゆるんで開くといいな。みなさまもお体ご自愛くださいね。


 今年は父さんの誕生日にメッセージを送るのも忘れてしまった。忘れてはなかったけれど、気づいたら過ぎてしまっていた。ごめん。父さんお誕生日おめでとう。身体気をつけてまだまだどうか元気でいてください。
静岡も帰りたいな。ここよりあったかいだろうな、静岡は。



3/13 花をゆらす春の雨




 寒の戻り中。夜になって雨が降りだした。
ここ毎日鶯の声ではっと目が覚める。まだ拙い鳴き方。ホーホケキョのホーがない。ホケキ、ホケキヨ。可愛い。生まれた てなのかな。外へ出かけたり人と会うことがずっと続いていて、濃密でめまぐるしい日々。部屋の中も自分の中も新しい季節のために整えないとね。
見上げれば、部屋の前の 白木蓮が高いところで咲き出していて、白い羽根の鳥たちがふっくらととまっているよう。ここに越すと決めた日も白木蓮が満開だった。もうじきに一年経 つ。あっというまで、無我夢中の一年。ここに居る限り、きっとずっとそうなのかもしれないなって思いはじめてる。それがどうとかじゃなくて、ただそういうこ となんだろうな。先のことはわからな
くて、目の前の選択だけ、気持ちよくこころの向く方へ。
  明日から来週の弦との演奏の練習と、来月のライブの練習と、イベントの音楽づくりを。その合間にあちこちに草の様子も見に行きたいし、洋服も縫いたいし、 土いじりもしたい。こりゃますます早起きしないと。頑張るんじゃなくて、夢中でいたい。無我じゃないほうがいいけれど。


*おしらせ

■4/8 sat. 18:30~ 

永井宏 作品展 la musique sur l'elephant
ライブイベント「音楽で表現すること」 in 巣巣

山田稔明
中森泰弘(ヒックスヴィル)
直枝政広(カーネーション)
イシカワアユミ
草とten shoes(Opening Act)

今年も永井さんの展示期間中のイベントに、すばらしいミュージシャンの方々に交ぜてもらい参加いたします。

fee 3200yen *キャンセル待ち受付中
(立見でもいい!という方は私に声かけてください)

詳細は susu.co.jp で。



■4/16 sun.  13:00~/ 15:30~
『DERBARさんの ジャム教室』
奈良で無添加の素材にこだわり、とびきりおいしいバウムクーヘンを手作りしていらっしゃるデルベアさんを鎌倉にお招きし、いちごジャムの教室を開いていただけることになりました。
場所は、toricot 赤城さんと一緒に借りているアトリエにてtoricotさん主催でおこなわれます。
あたらしいアトリエにあそびにいらしてください。

13:00〜15:00 / 15:30〜17:30  //料金3800円 
鎌倉市二階堂のアトリエにて。
詳細、お申込みはtoricot (www.toricot.com)にてどうぞ。
もしくは私に声をかけてもらっても大丈夫です。

■『詩と珈琲』vol.7

・次回は4/22 sat. 

『マーガレットの庭』

 fee; 前売1000yen,当日1200yen  /with 1coffee
古書ウサギノフクシュウ 
info@usaginofukushu.com

詩を読む人の傍らで、それを聴く人の傍らで、珈琲を淹れる人。耳で聴いたことばを、珈琲の香りともに、舌で記憶する。ことばと珈琲の味わいをお楽しみください。

村椿菜文、イシカワアユミ、SWAN COFFEE、ウサギノフクシュウ




2/28 沈丁花の香る庭



 気づいたらふきのとうが、あちこちにぽこぽこと顔を出して、そうかと思うともう董がたって花が咲く。2月も終わり。冬が過ぎていく。ひんやりと、でも穏 やかに晴れる朝。
 庭に降りるとどこからともなく沈丁花の香りがする。お隣の庭ではないよう。駅までの路地を歩いていても、ふいに香ってきてハッと目が覚めるような気持 ち。なんど嗅いだかわからないこの匂いも、季節が一周してきたときはいつも新鮮だ。そして記憶の中の匂いと相まって、どこか遠く懐かしい。沈丁花の香る庭 で育った。花も木ももう無いけれど、いつかのその場所にそのとき自分をひと握り分くらい置いてきたのだと思ってる。だからいつも行かずともその庭のことを 鮮明に思い出せる。



2/17 春一番がふいた



 あたたかく風の強い一日。木々のざわめきが 波音のよう。
イベントなどで表に露出することが多くなればなるほど、こころは内面に向っていく。静かな孤独の中へ意識を置いて、そこにぽつりと落ちてくる、ちいさく光 るガラスの欠片のようなことばや、音をただじっと待っていたい。
今日も金星がチカチカと瞬いている。穏やかに祈るような呼吸。力の入っていた体もほどいていきましょう。夢中になるのはいいけれど、がんばらなくていいで すよ。みんなね。




2/10 風がみえる日



 爽やかに晴れた朝。昼には梢や薮の陰で遊ぶ鳥たちを見ていたのに、夕方になってまた雪が舞い、少し吹雪いてうっすらと庭を白く覆った。家のある丘の上に むかって巻き上げてくる風に白い雪が乗ってうねったり巻きあがったり引いたり。風の流れがみえるのが面白くて、そして美しくて、大きな窓の前に立って わー と小さく声をあげる。明日は1週間ぶりのレッスン。朝は冷え込みそう。鳥たちはどこで過ごしているのかな。薪ストーブの前から離れられない。



2/9  雪のちる日



 冷たい一日。
朝は痛いほど冷たい鍵盤とピーンと張った音。春のイベントや予定が着々と 入ってきて、さあ楽しみ。反面、楽しいからといって来るもの拒まずにしていると、しんどくなるのかもしれないと思ったりもする。今きっとなにかが わっとやってくる時期なのだろう。遊びも仕事もその時の自分が大切に思える量や事柄を選んでいくのが今年の課題かな、と 燃える薪ストーブの炎をぼんやり眺めながら考えた。やりたいことがたくさん、でも手がつかなくて追いつかない。




2/6  春ふくらむ



 昼過ぎに雨雲がやってきてあたたかい雨が降ってやんで、またすこし光が射して空気が冷え込んだ。立春が過ぎて、こうしてひと 雨ごとにまた寒さと暖かさを繰り返し春がやってくる。土の中も森も庭も、冬の間にひそめた くわえたエネルギーを隠しきれないよう。雨を光をよろこんで吸っている。大地からふくらんであふれるエネルギーに、わたしも静かな興奮。
 しばらく慌ただしくて目まぐるしくて、それは充実していて愉しい日々だったけれど、これからはまた自分にとって大事なことをひとつひとつ確認していくよ うな暮らしに戻していこう。
小雨にあたりながら、ちいさな畑のちいさな緑にこれまた小さなビニールハウスをつくった。 ちょっと遅かったかな。ようやく肩をおとして腰をおとして、先を眺めていくような一日。



旧暦七草の日に。
家のまわりと庭で摘んだ草たちを食す。ふきのとうもふくらんだ。鎌倉に摘みのテリトリーを増やしたいな。庭以外はまだよそ者気分。まあまだ1年経たないも のね。10年以上通い続けたあの草場のようなわけにはいかないか。




1/26 ことばが外へ出るとき



 のんびりの朝。布団に入ったまま、というか部屋で本を読むなんていつぶりだろうか。壁にもたれかかって、顔と手だけかろうじて布団から出して、自分の白 い息と文字を眺め、時折光があたってきた窓を眺める。朝活などという言葉ができて、最近はわたしも朝から外へ出ることが多くなって、やっぱり朝から体を動 かすのはいいな!などと思ったりはしたけれど、いや午前中は何も用事が無いのがいいな。光と共に一日が立ち上がってくるこの時間に、静かにただ思うことだ けをちゃんと思って、何でも無いことを見つめて、気づいた言葉にこころをとめていたい。できれば毎日がいいけれど、そういうわけにもいかないだろうから、 一日置きくらい。んー、2日置きで出かけるくらい。笑
ならばもっと早く起きればいいじゃん、という話だろうが、朝早くて電気をつけなければいけない時間じゃだめなんだな。ゆるくてダメ人間に近い時間のほうが いい。その方がわたしが気づいていたいことには気づけることが多い気がする。こんな寒い季節は、必要最低限にのっそり生きていけるといいのに。なんて。
 本は数ページだけ読んで、窓に当たる光や影の変化を眺めている。庭の木々の葉の影がちらちらとうつってる。思うことを外に出そうとすると言いたいことを 囲っているまわりの小さな言葉ばかりがでてきて、遠回りになってしまう。いちばん大事なことば、ひとつ、ふたつが見つからない。そんなことを考えている。
あ、鳥が飛んだ。お腹がすいたし、さて起きよう。

 

1/20 冬土用



 寒いです。ピアノもパソコンも指先が痛くなる冷たさで、毎年言っているけれど、鍵盤暖房が欲しいです。でもこ の土用が明ければ立春ですね。そう思うと、もうすこしゆっくり時間が過ぎてくれればいいなあと思ったりします。2月のまん中まで大きなイベントも続くの で、体調管理もしていかないと。
 さっむい、と言わない日が無い毎日ですが、こんな季節でも、太陽が顔をだすと家のまわりの木や草むらには鳥がきます。キツツキは相変わらずどこかでコン コンと音をたてているし、リビングから見える木々にはメジロが5〜6羽集って、パタパタしたり地面をつついたり。メジロが群れているところを見たのは初め てで、緑色のころころしたちいさいのがちょんちょんしているのは なんとも可愛い!葉陰ではヒヨドリくらいの鳥が羽繕い。リスも枝を走ります。陽当たりの良い斜面ではタンポポが蕾をつけたり、水仙もそろそろ咲きそうで す。たくさん咲いたらいい匂いだろうなあ。全身一割増くらいに着たり巻いたりかぶったりで着膨れておりますが、食欲は変わらずあるし、冬には冬のたのしみ がたくさんです。
ああ、そうだ、去年稲刈りのお手伝いに行った初収穫の米を、このあいだ友だちが持ってきてくれて、なんていうかああほんとうにこうして、あの田んぼの稲の 1粒1粒が米になったのか、と 手渡された時もえらく感動したのですが、つやつやと炊いたごはんが美味しくて、長野にわたってひとつひとつ生活を築いている友たちを想いかえしては、また じーんと米と一緒に噛みしめました。貴重な米だというのに、美味しくてどんどん食が進んでしまうのが悩みどころ。さて、みなさんはいかがお過ごしですか?



1/9  新春
 


 あけましておめでとうございます。
鎌倉、静岡と愉しくのんびりしたお正月を過ごしている間に、新年もとんとんと過ぎておりました。イレギュラーな予定や作業から、すこしずついつものルー ティンが増えていくことで、日常へと落ちついていくのかもしれません。変わらないことのありがたみ、変化や刺激のあることのありがたみ、どちらも感じなが ら これからの日々がまたこころ穏やかで気持ち豊かな一年になるといいです。みなさまにとっても。今年もよろしくお願いいたします。


 



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